SARUTAHIKO誕生前夜
① 原点|「なんとなく」から始まった理容師人生
18歳の冬、私の進路は「消去法」で決まりました。「大学に行ってもどうせ遊ぶだけだ。それなら手に職をつけよう」。小学生からサッカー 一筋だった私は、スポーツトレーナーか、あるいは大人になっても髪型を自由に楽しめる理容師・美容師、そのどちらかになろうと決めました。
受かったのは理容専門学校でした。担任の「理容師の方が長く働けるぞ。美容師はおじさんになるとキツイ」という一言に、「あぁ、確かに」と妙に納得して理容科の門を叩きました。情熱に燃えていたわけではありません。ただ、食いっぱぐれないための「安全な選択」のつもりでした。
理容師の学校を卒業した後、私は銀座にある高級理髪店に配属されました。恵まれていたと思います。先輩は優しく、技術を磨けばどんどんお客様を任せてもらえる環境でした。しかし、キャリアを重ねるにつれ、業界の「歪み」が、霧のように私の視界を覆い始めました。
朝から晩まで立ち続け、昼食は隙間時間に胃に詰め込むだけ。20代後半で売上のピークを迎え、30代に入ると新規客は若手に割り振られ、居場所を失っていく先輩たち。社会保険も契約書も曖昧なまま、「歩合が上がるから」と業務委託に切り替えさせられ、休日を削って働く仲間たち。
「理容師は長く働ける」と聞いていたはずなのに、私の目に映っていたのは、キャリアステップがうまくいっていない理美容師たちの先細りのキャリアでした。
② 気づき|お客様が教えてくれた理容師のやりがい
銀座という土地柄、薄毛に悩むビジネスエグゼクティブを担当する機会が多くありました。不思議と、薄毛のカットに苦手意識はなく、むしろ、ミリ単位の調整で印象が劇的に変わるそのプロセスに、理容師としての面白みを感じていました。
ある時、お客様からこんな報告を受けました。「あの髪型にしてから、商談の成約率が上がったんだ。不思議だよ、自分に自信が持てるようになった」他にも、「昇進が決まった」「彼女ができた」、あるいは「いつもは気づかない妻が、今日のは全然違う、こっちの方がいいと言ってくれた」といった声が次々と届くようになりました。
正直なところを申し上げますと、お客様自身は技術的には何が違うのかは分かっていないと思います。でも、周りの反応が確実に変わっていることをご報告いただけるのが、私のモチベーションになりました。
単なる「散髪」ではなく、その人の印象をスタイリングによって良い方向に引き出し、気持ちよく毎日を過ごしていただくためにサポートさせていただく作業でした。何度も繰り返すうちに、薄毛で悩まれている方に理容師としてスタイリングを提供することで、確実に薄毛のお客様の役に立てている。その確信が、私の中に深く根を下ろしました。
③ 山と谷|資金繰りとすり減ってしまった夢
「30歳までに独立する」という目標を前倒しし、私は24歳で自分の城を持ちました。根拠のない自信だけで立ち上がりました。銀行からの借入を半年で使い果たし、保険を解約して支払いに充てる時期もあり、決して順風満帆とは言えませんでした。
妻のサポートもあり、やがて店は回り出し、2019年のコロナ禍を機にフリーランス理容室へと舵を切りました。報酬体系を改善し、理容師の働き方を少しは変えられたつもりでした。しかし、それでも「キャリアの先細り」という根本的な課題は解決できていません。
売上はあっても、店は回っていても、業界を変えるという大志は、日々の運営という荒波の中で、いつの間にか磨り減っていました。
④ 邂逅|高井との出会いと、交差するストーリー
そんな時、ホットペッパーの新規指名で一人の男が現れました。高井さんです。最初は、いつもの新規のお客様として接客していました。しかし、高井さんが語り始めた言葉に、私はワクワクしました。
「27歳で若ハゲになり、鏡を見るのが辛かった。搾取されるような増毛営業に泣きたくなった。だから、薄毛の人たちが救われる場所を作りたいんです」真っ直ぐな、気持ちでした。
高井さんが抱えてきた「痛み」と、私が現場で感じていた「技術の可能性」。そして私が忘れかけていた「理容師のキャリアを変えたい」という思い。それらが一瞬で、パズルのピースのように噛み合いました。
「自分の既存のお客様も、薄毛に悩む人が増えている。もし、高井さんの熱意と、私が培ってきた『技術』を組み合わせれば……」間違いなく「いける」。
そこで、共同創業することを決意しました。
キャリアを重ねるほど練度が上がり、豊かになれる新しいキャリアの形や、各専門分野で運営や別事業構築などの新しい分業制度など、今までモヤモヤしていた考えが鮮明に浮かびました。不安はなく、期待しかありませんでした。「高井さんと組めば、業界の負の構造を新しくできる」。そう直感したのです。
⑤ 決断|「SARUTAHIKO」という挑戦と確信
私たちは、新ブランドを「SARUTAHIKO(サルタヒコ)」と名付けました。道開きを司る神の名です。私たちのサロンが上手くいって欲しいというゲンカツギですが、同時に、薄毛の方々の人生にとって、私たちとの出会いが良いものであって欲しいという思いをこめました。
高井さんと話す中で気づいたのは、薄毛の男性は、無意識のうちに自分の行動にブレーキをかけているということです。「どうせ自分なんて」「この髪じゃ笑われる」と。私たちが作るのは、そのブレーキを外すための場所です。
SARUTAHIKOでは、薄毛を腫れ物扱いはしません。現状をプロの目で冷静に把握し、その人の魅力を最大化する髪型を提案します。
徹底したのは、「薄毛であることを受け入れた上で、いかに前向きな成功体験を積めるか」です。髪を切って店を出た瞬間、お客様の足取りが軽くなり、明日からの挑戦が楽しみになる。そんな「印象設計」をブランドの根幹に据えました。
ぜひ、体験しにきていただけると嬉しいです。
株式会社SARUTAHIKO
代表取締役
佐々木善一

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